怖い話実話まとめ短編129|横浜こどもの国の踏切、兵庫県のとある心霊スポット

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横浜こどもの国の踏切 投稿者:40代女性

横浜にある「こどもの国」。

ここを結ぶ電車が東急田園都市線の長津田駅から走っています。

東急こどもの国線と言います。

こどもの国線の、恩田駅近くにある踏切、最終電車が行き過ぎてだいぶ経った頃、なぜか電車も来ないのに鳴り出すことがあるんです。

こどもの国は、第二次世界大戦中は、日本軍の弾薬庫として使われていました。

そしてこどもの国線はその弾薬を運ぶ路線だったのです。

当然、こどもの国もこどもの国線も米軍の攻撃の的になりました。

幾度となく、弾薬を運んでいる列車が米軍機の攻撃を受けて多くの人が亡くなったとのことです。

最終電車が行き過ぎて、鳴るはずのない踏切。

今でも成仏できない日本軍人さんの霊が踏切を真夜中に鳴らしている言われています。

兵庫県のとある心霊スポット 投稿者:30代女性

兵庫県にある山での話です。

この話は結構同じ体験をしている人がいるらしく私も若い頃、別々の男友達2人から同じ体験をして帰ってきた話を聞きました。

その山は、生きて産まれてくることのなかった赤ちゃんを供養するお寺がある山です。

昔から心霊スポットとして名前を聞いていましたが心霊体験をして帰る人が多すぎて、ふざけて肝試しに行く人はあまりいませんでした。

1人から聞いたの話では、バイクで男友達数人のグループで行ったそうです。

帰りにエンジンをかけようと思ったらかからなかったようで、かなり焦ったと言っていました。

やっとのことでエンジンかかったのですが、自分が運転して後ろに友達を乗せたので「ドン」という振動を感じた後に更にもう一つ「ドン」と誰かが座ったような振動を感じたそうです。

家まで帰って、眠りにつき朝バイクを見るとたくさんの小さな手形がついていたそうです。

もう一人の子の話です。

その子は車で行ったそうです。

その子は車のエンジンはかかったのですが、朝自分の車を見るとこれも同じく小さな手形が車全体についていたそうです。

悲惨な戦場となった沖縄での霊体験 投稿者:20代女性

あれは、私がはじめて沖縄旅行へ行ったときだった。

予約していたホテルは、値段の割に小奇麗で、窓からは辺り一面にオーシャンビューが拡がっていた。

私と友人はとても満足し、その日は気兼ねなく観光を楽しむことができた。

夜になり、私は友人と二人、ホテルの室内でお酒を飲みながら楽しかった時間を語り合っていた。

何度か低い男の声が聞こえた気がしたが、安いホテルだったため、建付けが悪いのだろうとその時は何も気にせずにいた。

その男の声が、この後私を苦しめることになるとは知らずに…

楽しく語り合ううちに夜も更けてきたので、私たちは翌朝のことも考え寝床についた。

しばらく経たないうちに友人の寝息が聞こえてきたが、私はなぜか寝付けなかった。

普段外泊で寝れない体質ではないため違和感を感じながらも、とりあえず眠るために目を閉じていた。

そのときだった。

先ほどの男の声が、私の耳元で「来る」と囁いたのだ。

耳に吹きかかった息は、身の毛がよだつほど不気味でその出来事の現実性をより引き立たせた。

しかし、辺りを見渡してもそばにいるのは静かな寝息をたてている友人だけだった。

その後いつ眠りについたのかも曖昧だが、不思議とその夜に見た夢だけは今でも鮮明に瞼の裏に焼き付いている。

それは、戦争の捕虜になって拷問される夢だった。

私の両手は腰にまわされてきつく縄で括られ、首元には銃剣が突きつけられていた。

周りには死体が転がり、血肉と腐敗した死肉の臭いが鼻先をかすめた。

目が覚めたのは、銃剣が私の首に振り落とされる瞬間だった。

私が見せられたのは、あの声の主の記憶だったのだろうか。

真相はわからないが、後にも先にもあのような悪夢を見たのはあれが最後だった。

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